ピアノの「ピッ」!
最高の自分になる
まずは、コズモ・ブオーノによるエッセイ「ファニー・メンデルスゾーン」をご覧ください。
さて、長年の勉学と努力の末、誰も自分の演奏を聴いてくれないと思ったら、どんな気持ちになるでしょうか?…それも、永遠に。
美しい家に閉じ込められ、楽譜と大きなグランドピアノだけが置いてあるのを想像してみてください。一日中演奏したり勉強したりできます。美味しい料理、たっぷりの太陽、そして最高の快適さ。でも、唯一いつも欠けているのは、聴いてくれる、誰か…。どんな気持ちになるでしょうか?
今週の「ピッ」!ひらめきの瞬間です。
誰かがあなたをすごい!と言うだけでは不十分。
才能を称賛され、素晴らしい!と言ってもらえるだけでは足りないのです。
むしろ、自分の作品にまだ何か捧げられるものがあるかもしれないという感覚を常に持ち続けることの大切さ。心の中に、まだ探求していない小さな領域があること。それがあることで作品は新たなレベルへと引き上げられ、音楽を通して、自分が想像していた以上に多くのものを与え、伝えることができるのです。
どれだけ長生きしても、どれだけ懸命に働いても、どれだけ多くのレパートリーを学んでも、自分が成し遂げたことに達成や完成はありません。すべてを出し切ることができた!と感じるような最高の演奏をしても、今できるすべてのことをしたと確信してステージを去ったとしても、自分自身に完全に満足せず、常に問い続けなければならないのは、
「次はどうすればもっと上手くできるだろうか?」
ということです。
ファニー・メンデルスゾーンは、彼女のすべての作品が証明するように、偉大な才能を持った女性でした。同時に、彼女が育った時代は女性作曲家に厳しく、作品を世に出したいと思ったら、兄フェリックスが書いたかのように振る舞わなければならなかったほどでした。
他者からの称賛を練習や演奏の理由にしてはいけません。
鍵盤に話しかけましょう。
鍵盤があなたに何を伝えようとしているのか、耳を傾けましょう。
そして、毎日、毎時間、自分の持てる最善を尽くして応えるようにしましょう。
日々の「最善」は、年齢を重ね、技術が向上し、自分自身をより深く理解するにつれて、さらに高まっていきます。しかし、真に偉大な芸術家とは、一つの目的地に到着するとすぐに次の目的地へと目を向ける旅人のような存在。喜びはレースに勝つことではなく、レースを走ることにあるのでしょう。
才能は、年々葉や枝を茂らせ、高く成長し続ける樹のようなものです。
どれだけ高くなるか?
いいえ、それは「最善」の積み重ねで高くするものなのです。