ピアノの「ピッ」!

外的な習慣と内的な習慣

音楽家にとって、習慣の形成…つまり、良い習慣と悪い習慣について語られることは多いと思います。

でも、今週の私の「ピッ!」ひらめきは、短い表現で言い表せます。

習慣、それが良いものであれ悪いものであれ、それは外側で手を使って行うことよりも、内側で頭と心を使って行うことの方が、はるかに大きな影響を及ぼす、ということです。

例えば、「ピアノが上手だ」と言うことと「ピアニストだ」と言うこととは少し異なります。前者は自分が何を成し遂げたいかに関わることであり、後者は自分が何になりたいかに関わることです。

良い習慣とは、単に生活の一部を変えるという決意にとどまりません。むしろ自分のアイデンティティそのものを変えることに焦点を当てる感じ。「ピアノを弾く」と言うことは、特定の目標を達成するために必要な一連の課題や練習を取り入れていることを意味します。しかし、「ピアニストである」と言うことは、その目標を達成し、維持するために必要なすべてを生活の中核に据えていることを示唆しているのです。

ジェームズ・クリアーによれば、アイデンティティに基づく習慣とは、外見ではなく内面を変えるもの。それは、私たちが自分自身をどのような人間だと捉えるかを再定義する習慣です。レディー・ガガが映画「ハウス・オブ・グッチ」でパトリツィア・レッジャーニ役を演じる準備をしていた際、彼女は単に台詞を覚え、撮影が始まれば即座に対応できる状態にするという習慣を取り入れただけではありませんでした。それどころか、彼女はパトリツィア・レッジャーニそのものになったのだそうです。撮影が始まる18ヶ月前から準備を始め、9ヶ月間、家族や親しい友人を含め、どこへ行っても誰と会ってもイタリア訛りで話し続け、レジャーニの人生を可能な限り理解するために、アーカイブ映像や写真、メディア報道を徹底的に研究しました。イタリア人の思考で演じるために、自身のイタリア系のルーツにまで遡って探求…つまり、レディー・ガガは内面から自分自身を変えたのです。彼女はレジャーニを演じるレディー・ガガではなく、彼女自身がレジャーニそのものだったのです。

真に偉大な芸術家の心構えとは、単に特定の習慣を取り入れることではなく、自分が達成したいものを内面から体現することにあります。「習慣を取り入れること」と、「外的な目標の達成を容易にする習慣へとつながる原則や姿勢、考え方を身につけること」は、同じではないのですね。

セシル・シャミナードは女性であるという理由でパリ音楽院への入学を拒否されましたが、その出来事によって彼女の野望の全てが決定づけられることもできたでしょう。しかし、彼女はそうではなく、独学で研鑽を積み、やがて伝説的なピアニスト、そして作曲家となりました。言い換えれば、彼女は外的な要因ではなく、内なる世界との向き合い方によって定義づけられたのです。

偉大な作曲家の作品を上手に演奏したいと願い、すべての音符を覚え、ミスなく演奏できるようになるまで毎日何時間も練習するだけでは十分ではありません。

真の偉大さ、真の熟達とは、作曲家についてもっと深く知りたい、なぜ彼らがその音符や和音を用いて作品を構成したのかを知りたいと願う者のアイデンティティを自らに持つことから生まれるのです。それは、曲を完全に暗記しただけで終わるのではなく、それぞれの音符が何を語りかけているのか、なぜそうなのかを問い続ける内なる姿勢から始まります。

どれほど上手に演奏できたとしても、素晴らしいピアノを弾くことと、素晴らしいピアニストであることは全く別物です。素晴らしいピアニストになるには、曲を覚えただけで終わることのない、探求のメカニズムを内面から持ち続ける必要があります。実際、真のピアニスト、あるいはあらゆる分野の偉大な芸術家にとって、それはほんの始まりに過ぎません。

さて、ピアノを上手に弾けるようになりたいですか?それとも素晴らしいピアニストになりたいですか?この二つは全く異なる問いであり、全く異なる答えと、全く異なる習慣を必要とします。