ピアノの「ピッ」!

称賛

「人からの称賛に、頭をのぼらせてはいけない。
そして、人からの批判を、心に深く受け止めてはいけない。」
―リサ・テルクールスト

最近、多くの方々から私の演奏についてお褒めのことばをいただく機会が増えました。私のウェブサイトを訪れ、ブログを読み、そして心温まる素晴らしい感想をメールで送ってくださるのです。

こうした経験を通じて、私は「褒め言葉」というものの本質、それが真に意味するもの、そしてそれに対してどう振る舞うべきかについて深く考えるようになりました。そこで今回は、私と同じように芸術家としての道を志す方々の助けになればと思い、いくつかの考察を共有させていただきたいと思います。

まず、よく考えてみれば、褒め言葉というのは、たとえそれがごく単純な一言であったとしても、極めて強力な人間関係のツールであると言えます。それは人の心を高揚させ、自信を与え、そして(特に演奏家にとっては)自身の仕事や才能が確かなものであると肯定してくれる力を持っています。それによって私たちは、「自分は価値ある存在であり、人から必要とされている」という実感を抱くことができるのです。

しかし同時に、とりわけ演奏家という立場においては、褒め言葉の受け止め方に細心の注意を払う必要があります。本質的に、褒め言葉は「事実」ではなく、あくまでも「意見」に過ぎないからです。そして、こうした意見というものは、人によって驚くほど大きく異なるものです。例えば、ある特定の曲に対するあなたの演奏を高く評価してくれる聴衆がいたとしても、その一方で、同じ演奏を「全く良くない」と酷評する人が現れる可能性も十分にあり得るのです。

こうした現実こそが、今週の「ピッ」!ひらめきの瞬間です。その人のキャリアや人間としての価値は、人からの「批判」によって決まるものではないのと同様に、人からの「褒め言葉」によって左右されるべきものでもありません。常に目指すべきゴールは、他人がどう評価するかを気にすることなく、ひたすら「自分自身のベスト」を追求し、それを体現することにあります。あなたの仕事は、人から褒められることでも、あるいは批判されることでもありません。ただひたすら、「自分にとっての最高とは何か」を自ら定義し、たとえ誰からも何の反応も得られなかったとしても(良い反応であれ悪い反応であれ)、常にその「ベスト」を出し惜しみなく発揮し続けること、それこそがあなたの真の仕事なのです。

自分の価値を褒め言葉に委ねてしまうということは、自分の作品に対するあらゆる他者の意見に一喜一憂し、自分の努力にどれほどの価値があるかを他人に決定させてしまうことを意味します。そのような姿勢を続けていれば、自分自身やキャリアの基盤は極めて脆いものとなってしまうでしょう。なぜなら、その基盤は「本当の自分」という確固たる土台の上に築かれるのではなく、他者の個人的な価値観や、「あなたはこうあるべきだ」という彼らの勝手な理想像に基づいた、不安定な意見の上に築かれてしまうことになるからです。人生において最も困難な課題の一つは、たとえ他人が自分を信じてくれなかったり、あるいは自分の取り組みやその努力の度合いをそもそも見てさえいなかったりするような状況にあっても、自分自身を信じることを学ぶことです。他者からの称賛は、有益であり、新たな気づきを与えてくれるものであり、多くの場合において完全に的を射たものであることさえあります。しかし、自分が何に長けていて、何に改善の余地があるのか​​を見極める――そうした自分自身の判断能力を、他者からの称賛が代替してしまっては決してなりません。実のところ、たとえ世間の評価が好意的で、人々から絶えず称賛を浴びていたとしても、その「評判」を鵜呑みにしてしまうことは、常に向上を目指し続けるべきだという自らの責任を見失うための、最悪の方法の一つとなり得ます。あなたの真の目標は、称賛を得ることではなく、自分自身への理解を深めることであるべきです。

称賛を受け取る際は、常に感謝の念をもって受け止めます。決して、それに依存しません。

称賛とは、あくまで「贈り物」に過ぎないのです。それは、あなたのアイデンティティそのものではないのですから。