祈りの音楽
左から右へ:神職の方が使用する神楽鈴、ケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団によるグレゴリオ・アレグリ作曲「ミゼレーレ・メイ・デウス」、テキサス州フォートワースのセント・パトリック合唱団によるバッハ/グノー作曲「アヴェ・マリア」、チベットのシンギングボウル、ヒンドゥー教寺院の外で鳴らされる鐘「ガンタ」。
最近、とても感動的な体験をしたので、皆さんと共有したいと思います。
世界の多くの地域で、新しい年のはじまりに「良い年になりますように」と祈ります。日本では神社で新年のご祈祷を受ける人も多いですが、この儀式で、神職の方が神楽鈴(かぐらすず)と呼ばれる小さな聖なる鈴を用いてお祓いをしてくださいます。
私も新年のご祈祷を受けるために地元の神社に参拝したのですが、神楽鈴の清らかな音色に深く感動しました。実に美しく、まるで音そのものによって心が洗われ、清められるような気がしたんです。
この経験から、「浄化の音」という概念に注目するようになり、日本の神社以外の文化や宗教では、どのような音や楽器が同じような役割を果たしているのか、興味を持ちました。
最初に思い浮かんだのは、キリスト教の教会。教会の鐘はもちろんですが、特に聖歌隊とパイプオルガンです。教会では天井近くの高い位置で演奏されることが多いと思いますが、まるで音が天から降り注いでくるように感じたのを覚えています。神聖な感覚を生み出していた聖歌隊の声、特に子どもたちの声が、歴史的に天使の声とみなされてきたのではないでしょうか。
さらに他の文化や宗教ではどうかと調べていくうちに、チベットにはシンギングボウルがあることを知りました。これは、叩いたり擦ったりして長く続く倍音を出す金属製のボウルで、瞑想やヒーリングに使われているそうです。
ヒンドゥー教の寺院では、入り口に鐘が置かれており、参拝者は入場前に自分で鐘を鳴らし、祈りの前に心を清めるのだそうです。
これらの神聖な音は、金属的で、比較的高音で、共鳴しやすい点が共通していると思いました。心を浄化し、精神を静め、人々が内省し、沈黙の中で自分自身や神聖なものと向き合うのを助けるという同じ目的を持つ音色…。音には、神聖な力、一種の祈りの力があるのですね。
もちろん、音色には様々な種類があります。例えば、やや低い音域を持つヴィオラは、私には人間の声のように感じられることがよくあります。また、フランツ・リストはピアニストに対し、他の楽器の音色を念頭に置いて演奏するよう頻繁に楽譜に指示を残しています。
例えば、私がカーネギーホールで演奏する予定の「ノルマの回想」の中で、リストは「ティンパニーのように」と書いています。パガニーニ大練習曲集 第5曲「狩り」ではホルンの音色を、ハンガリー狂詩曲 第10番ではハンガリーの伝統楽器であるツィンバロムの音色を表現するように指示があります。
これは、リストがピアノを単に「ピアノの音」を生み出すものとしてではなく、一つの楽器の中に物語とオーケストラの色彩を込める媒体として考えていたことを示していると思います。
最近、音楽そのものが「祈り」の一形態であると強く感じています。それはコラールのように明確に宗教的なものである必要はなく、人間ドラマの形をとることもできるのです。音は、浄化するもの、祈りを捧げるもの、感情を運び物語を語るもの…
まるで「ラブレター」のようです。
ピアノという幅広い音域を持ち、様々な楽器、声、そして感情の色彩を表現できる楽器を演奏できることに、深く感謝しています。それは真に喜びに満ちた、意義深いプロセスです。
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